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「太閤検地」とは??

「太閤検地」とは??
教科別ポイント

こんにちは。社会担当の生川です。
先月は「銀閣寺」について紹介しましたね。

足利義政の後継ぎ問題がきっかけで起きた
「応仁の乱」の後、室町幕府は勢力を
失ってしまいました。
その後、戦国大名たちが各地で政治を行い
明治維新までの間、地方分権が続くことになります。

今回は、天下統一を成し遂げた
「豊臣秀吉」に注目!
織田信長と同様、彼の実績を挙げ始めたらキリが
ないので…今回は「太閤検地」のお話です。

「太閤検地」は秀吉の大きな業績の一つ。
ちなみに、「太閤」とは関白を退任した人の称号。
秀吉は、太閤になる前から検地を実施していましたが
関白時代の分もまとめて「太閤検地」と呼んでいます。

「太閤検地」が行われるまでは
一つの土地に土地所有者が何人もいる、ということは
よくあることでした。
また、年貢量などは、ほとんど土地所有者からの
自己申告だったこともあって
その情報は正確なものとは言えませんでした。

そこで、秀吉は
「一地一作人の原則」を作ります。
つまり「一つの土地の耕作権を一人の農民だけに認める」
というもの。
農民を「耕作者 兼 年貢納入者」とし
「年貢がどの土地から(どの耕作者から)納入されるか」
という経路を明確にしたのです。

これで、それまでの土地制度はなくなり
すべての土地は秀吉が管理することになります。

さらに、秀吉は
それまでばらばらだった単位の基準を定めました。

例えば…
1尺=現在の30.3cm
1寸=現在の3.03cm
1間=6尺3寸    としたり
「枡」は、当時京都で使用されていた「京枡」を使う
などなど…
単位ごとに決まりを設けました。

これで、検地で同じ道具を使って測量すれば
全国どこでも同じ測量結果が出せることになるわけです。

田畑は、土質や地形などをもとに
「上」「中」「下」「下々」に分類され
そこから予測できる収穫を「石高(こくだか)」
で表しました。
※ちなみに、「石高」の「石(こく)」は容積の単位。
米1石は現在の約180?に値します。
教科書などでは、よく
「成人一人が1年間に消費する量にほぼ等しい」
と書かれていることが多いですね。
農民は石高によって年貢が決まっていて
藩の財力や武士の給料もこの「石高」で表しました。

例えば、
「上」の田は石盛(こくもり)が1.5石
「中」の田は石盛が1.3石
「下」の田は石盛が1.1石
「下々」の田は石盛が0.9石 でした。
石盛というのは「一定の面積から収穫できる標準的な量」
なので
「面積×石盛」で石高を算出することができます。
つまり、「上」「中」「下」「下々」などの田の等級に応じて
同じ面積でも石高は変わってくるというわけですね。

耕作者の名前と調査の結果を記録する
「検地帳」にも
「土地のよしあし」「田畑の面積」「生産量(石高)」が
記されています。

…というわけで、長くなりましたが
これが「太閤検地」です。

この「太閤検地」により
農民は、田畑を耕作する権利を得たものの
石高に応じた年貢を納める責任を負うことになり
大名は、与えられた土地の石高に応じて
兵を出すことを義務付けられます…
また、荘園領主の公家や寺社は
持っていた土地の権利を失い
結果、全国から「荘園」は消えていくのでした。

「太閤検地」は、当時はとても画期的な政策で
江戸時代になっても、徳川家康がそのまま
引き継いだほどです。
家康にとって秀吉は、政治上で意見を対立させていた
相手です。それでも採用したい政策だったのですね。

いかがでしたか?
教科書で読めば1ページぐらいで納まってしまう
「太閤検地」も、深く知るととても興味深いですね!

今後のテーマもお楽しみに!
では。

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